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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)8054号 判決

原告 東北製紙株式会社

被告 真野目吉治 外二一名

主文

一、(一)被告真野目吉治、菊池純一郎、小南芳三、原田有康、天野定次郎、谷上房四郎、佐藤荒五郎、台清、鈴木育仙、相良周吉、望月梅四郎、関光治、萩原貞は各自原告に対し、金四二九万円及びこれに対する昭和二二年一二月二一日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

(二) 被告田中シユ、溝口愛子、溝口智則、溝口智正は各自原告に対し、金一四三万円及びこれに対する昭和二二年一二月二一日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

(三) 被告坂口敬子は原告に対し、一一四万四〇〇〇円及びこれに対する昭和二二年一二月二一日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

(四) 被告田中恵い子、田中長久、田中久光は各自原告に対し、金五七万二〇〇〇円及びこれに対する昭和二二年一二月二一日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

二、被告後藤真寿は原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和二二年一二月二一日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

三、訴訟費用は、その二〇分の一を被告後藤真寿の負担とし、二〇分の一九をその余の被告等の連帯負担とする。

四、本判決は、原告において、

(一)  右一の(一)の各被告に対しては各金一四〇万円、

(二)  同 (二)の各被告に対しては各金五〇万円、

(三)  同 (三)の被告に対しては金四〇万円、

(四)  同 (四)の各被告に対しては各金二〇万円、

(五)  右二の被告に対しては金七万円

の各担保を供するときは、仮にこれを執行することができる。

事実

(原告の申立及び主張)

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨及び訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のように述べた。

(一)  原告会社は、別紙当事者目録〈省略〉記載の1、2、3、ないし18の各被告及び訴外亡田中久太郎、同溝口智雄の一五名を発起人とし、右一五名が発起人として合計五万六、五〇〇株を引き受け、その余の一四万三、五〇〇株を公募し(払込を取り扱う銀行を株式会社日本興業銀行―以下「興銀」という―及び株式会社横浜興信銀行東京支店―以下「興信銀行」という―と定めた)、全株式の引受並びに払込ありたるものとして、昭和二二年一二月二〇日創立総会を終了し、同二三年一月一二日設立登記を了した、資本の額金一、〇〇〇万円、一株の額面金五〇円、発行済株式の総数二〇万株の株式会社である。

(二)  しかしながら、後記の如く、右全株式の額面合計一、〇〇〇万円のうち少くとも八八七万円については、その株式の引受はあつたけれども、株金の払込は未だなされていないので、前記各発起人は連帯して原告会社に対し、これが未払込株金を支払うの義務があるものといわなければならない。

しかして、発起人田中久太郎は、昭和二九年八月二四日死亡し、その妻被告田中シユにおいて三分の一、その養女同坂口敬子において一五分の四、その非嫡出子同田中恵い子、同田中長久、同田中久光において各一五分の二の相続をなし、また、発起人溝口智雄は、昭和二三年七月一九日死亡し、その妻被告溝口愛子、その子同溝口智則、同溝口智正の三名において各三分の一の相続をなし、各その相続分だけ右被相続人の払込義務を承継したものである。

そこで、右発起人並びにその相続人である被告等二一名に対し、主文第一項記載の如く、発起人たる被告等については連帯して右未払込株金八八七万円の内金四二九万円、相続人たる被告等については連帯して右未支込株金八八七万円の内金四二九万円、相続人たる被告等については各自右発起人たる被告等と連帯して右金四二九万円についての各相続分、並びに各これに対する創立総会終了の翌日である昭和二二年一二月二一日より右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三)  被告後藤真寿(別紙目録22)は、原告会社の設立に際して発行する株式一万株を申し込みこれを引き受けながら、その株金五〇万円のうち金二〇万円については払込をしていないので、その未払込株金二〇万円及びこれに対する払込期日の後である昭和二二年一二月二一日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(四)  原告会社に未払込株金が少くとも八八七万円あるという理由は次のとおりである。

(1)  原告会社の発起人である前記被告及び訴外人より成るいわゆる発起人組合は、原告会社の成立に先立つ数ケ月前たる昭和二二年一〇月二〇日頃よりすでに原告会社の名の下に(被告真野目吉治を代表取締役名義として)前記興信銀行と当座取引を開始し、各株式引受人が直接払込取扱銀行に払い込むことなく、発起人に引き渡した金員を同行に預け入れるとともに、これを資金として小切手を振り出し諸費用の支払に充てていた。しかして、発起人が各株式引受人より受け入れた右金員は一応四九四万七、五〇〇円に達したのであるが、その中には約束手形で受け入れたものもあり且つ右興信銀行の当座口に預け入れた金員も大半使い果していたので、創立総会開催日の前日たる昭和二二年一二月一九日には、右興信銀行の当座尻は四三万八、六〇六円五銭となり、これと各株式引受人が直接払込取扱銀行たる興銀に払い込んだ払込金七六万二、五〇〇円とを合せても僅か一二〇万円余にすぎず、金一〇〇〇万円の払込になお八八〇万円ばかり不足していた。

(2) そこで、発起人総代たる被告真野目吉治は、同日、左記(一)ないし(一〇)の興信銀行宛小切手額面合計八八七万円を振り出し、これを見返りとして、同被告がその頃理事長をしていた全国紙製品工業組合(以下「全紙工」という)をして左記(1) ないし(7) の七枚の小切手額面合計八八七万円を振り出さしめ、翌二〇日右(一)ないし(一〇)の小切手群と(1) ないし(7) の小切手群は手形交換所で互いに相殺せられ、形式的には双方とも決済されたことになり、実質的には債権債務が相互に消滅するように仕組んだ。

全紙工に渡した小切手  全紙工より借りた小切手

(一) 五五〇万円    (1) 五五〇万円

(二) 一〇二万円    (2) 一〇二万円

(三)  五〇万円    (3)  五〇万円

(四)  五〇万円    (4)  五〇万円

(五)  二八万円    (5) 一二五万九、〇〇〇円

(六)  二二万円    (6)   七万一、〇〇〇円

(七)  一一万円    (7)   二万円

(八)   八万円

(九)  六四万円

(一〇)  二万円

合計 八八七万円    合計 八八七万円

(3) すなわち、右カラクリの内容は次の如くである。先ず、各株式引受人が直接興銀に払い込んだ金が前記のように七六万二、五〇〇円あつたので、右全紙工より借り受けた小切手中(2) の小切手額面一〇二万円を右一二月一九日同行に預けて、同日同行よりこの合計金一七八万二、五〇〇円の株式払込金保管証明書(乙第三号証)を受け取つた。

次に発起人が株式引受人より払込金として受け取り、興信銀行に預け入れた金員の同日付当座尻が前記のように四三万八、六〇六円五銭しかなかつたので、前記全紙工より借り受けた(3) ないし(5) の小切手額面計二二五万九、〇〇〇円を同日同行の右当座口に預け入れ、これを資金として直ちに金二七一万五、〇〇〇円と金二、五〇〇円の二枚の小切手を振り出し、更に同日これと前記(1) の借用小切手五五〇万円とを同行に預け入れて、同日同行よりこの合計金八二一万七、五〇〇円の株式払込金保管証明書(乙第二号証)を受け取つたのである。

しかしながら、前記興銀に預け入れた一〇二万円の小切手並びに興信銀行に預け入れた五五〇万円の小切手及び興信銀行の当座口より振り出した二七一万五、〇〇〇円と二、五〇円の小切手は、いずれも資金不足のため元来不渡となるものであり、したがつて、前記の各払込金保管証明書はこの点においてすでに証明の価値のないものであり、これらの小切手は何等銀行に対する別段預金とはならない筈である。ところが、そこは銀行に顔のきく発起人達のことであるから、銀行との話し合いで同日これを各銀行に対する別段預金としたうえ、その翌日の一二月二〇日には各銀行よりその払戻を受け、これを前記興信銀行の当座口及び新設した興銀の当座口に振り込んでこれらが前記全紙工に対して振り出した支払小切手の支払資金になるように仕組み、結局右二〇日手形交換所で前記全紙工に渡した支払小切手群と全紙工より借り受けた小切手群とが相殺されて一切空となつたものである。

(4)  上述の如く、発起人総代である被告真野目が振り出して全紙工に渡した小切手一〇枚(額面合計八八七万円)も、全紙工をして振り出させた小切手七枚(額面合計八八七万円)も、いずれも全く支払資金のない無価値な、紙片に等しいものであり、被告真野目がこれらの小切手群を巧みに操作して、あたかも真実株金の払込があつたかの如く仮装したにすぎないものであつて、右八八七万円については株金の現実の払込は全然なかつたものといわなければならない。

(5)  仮に、右全紙工より借り受けた小切手額面合計八八七万円が支払資金のある確実なものであつたとしても、この小切手ないしこれを資金として振り出された小切手額面総計九二三万七、五〇〇円(設立に際して発行する株式の額面総額と各株式引受人が直接払込取扱銀行に払い込んだ払込金額との差額)を昭和二二年一二月一九日興銀及び興信銀行に株金払込のためと称して預け入れ、同日右各銀行より株式払込金保管証明書の発行を受け、これを会社設立登記申請書に添付して翌二〇日登記申請をなし、登記所よりその登記申請受理証明を受けるや、直ちにこれを利用して同日右各銀行より各払込金の返戻を受け(会社設立の登記完了前に受理証明だけで保管金を払い戻しているのが東京の実情である)、これを小切手の借入先である全紙工に返済しているのである。すなわち、始めより、株金払込の意思なく、ただ、他より一時借り受けた金を一日だけ預け入れ、翌日これを引き出して借入先に返済する意図のもとに、そのとおり実行されたものであつて、いわゆる見せ金による株金払込の仮装にすぎないのであるから、これは、法の期待する資本充実の原則に反し、株金払込の効果は生ずるに由なきものというべく、したがつて少くとも借受小切手額面合計八八七万円に相当する株金の払込は未だないものといわなければならない。

(6)  しかも、会社の設立は昭和二三年一月一二日であるのに、それに先立つ二〇数日前すでに払込金を引き出しているのであるから、この点においてもまた株金の払込は未だなされていないものといわなければならないのである。

(被告の答弁)

被告真野目吉治、同佐藤荒五郎、同望月梅四郎は、各適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず且つ答弁書その他の準備書面を提出しない。

被告田中恵い子、同田中長久、同田中久光(いずれも亡田中久太郎の訴訟承継人)等法定代理人中島シゲは、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず且つ答弁書その他の準備書面を提出しない。(被承継人田中久太郎は、本件口頭弁論期月に出頭するも、弁論をなさずして退廷し且つ答弁書その他の準備書面を提出しない)。

被告鈴木育仙は、本件口頭弁論期日に出頭しないが、その提出にかかり当裁判所これを陳述したものとみなす答弁書によれば同被告は、請求棄却の判決を求め、原告の主張事実中、同被告に関する部分を否認し、その余は全部不知と述べている。

右以外の被告はすべて請求棄却の判決を求め、答弁として各々次のように述べた。

被告菊池純一郎の答弁……同被告が原告会社の発起人であつたこと及び原告会社が原告主張のような経過で設立されたことは認める。原告会社に原告主張のような株金の未払込があるという点は否認。その余は全部不知。

被告田中シユ、同坂口敬子訴訟代理人の答弁……訴外亡田中久太郎が発起人であつたこと及び同被告等が右久太郎の妻及び養女として右久太郎の相続人となつたことは認めるが、原告会社に株金の未払込があるとの点は否認する。

被告小南芳三、同原田有康、同谷上房四郎の答弁……第一項の事実を認める。

被告天野定次郎訴訟代理人及び被告台清の答弁……被告天野及び台に関する部分を夫々否認し、その余は全部不知。

被告相良周吉訴訟代理人の答弁……同被告が発起人であつたこと及び原告会社が資本の額金一、〇〇〇万円、一株の額面金五〇円発行済の株式二〇万株の株式会社であり、全株式について引受ならびに払込ありたるものとして原告主張の日に創立総会を了し、その主張の日に設立登記のなされた会社であることは認める。原告会社に株金の未払込があるとの点は否認。その余の事実は全部不知である。仮に原告主張の如く、原告会社の設立に際して発行する株式総数の額面合計一、〇〇〇万円のうちその大部の八八七万円の払込が欠如していたものとすれば、原告会社は、設立当初から殆んど営業資金を有しなかつたものであり、資本充実の原則に反し且つ事業遂行に重大な支障ありというべく、したがつて、たとえ創立総会を終了し、設立登記を経ていたとするも、原告会社の設立自体無効のものといわなければならない。そうだとすると、原告会社の有効に成立・存続することを前提として、その発起人たる被告相良に対してなす原告の本訴請求はこの点においてすでに失当である。

被告関光治訴訟代理人の答弁……第一項中、同被告が発起人となつたことを否認し、その余は認める。その余の事実は全部不知、被告関は、昭和二二年六月頃、被告真野目及びその秘書の者より勧誘を受け、従来の交際上、一、〇〇〇株の公募株を引き受け右株金五万円(但し、小切手)と印鑑を被告真野目に渡したことはあるが、その後の経過は何も知らない。しかるに、関被告不知の間に同被告が原告会社の発起人となり、発起人として四、二〇〇株引き受けたことになつているが、これは全く同被告の周知しないところであり、したがつて同被告が右発起人となつたことはない。

被告萩原貞の答弁……原告会社の発起人となつたとの点は否認する。

被告溝口愛子、ならびに、被告溝口智則、同溝口智正両名の法定代理人溝口愛子の答弁……訴外亡溝口智雄が発起人であつたこと、原告会社が原告主張のような株式会社であること及び同被告等が原告主張のようにそれぞれ妻または子として右溝口智雄の相続人となつたことは認めるが、原告会社に未払込株金があるとの点は否認。その余の事実は全部不知。

被告後藤真寿訴訟代理人の答弁……同被告が原告会社の公募株一万株を引き受けたことは認める。しかして、右株金五〇万円は全額払込済である。その他の事実は全部不知。

(証拠)

原告訴訟代理人は、甲第一ないし第二五号証、第二六号証の一、二、第二七号証、第二八号証の一ないし六、第二九号証の一ないし一七、第三〇及び三一号証の各一、二、第三二号証、第三三号証の一ないし三、第三四号証の一、二、第三五号証、第三六号証の一ないし五、第三七号証の一ないし六、第三八号証、第三九号証の一、二、第四〇ないし第五三号証を提出し、証人大熊三夫、同堀井武志の各証言を援用し、乙号各証の成立を認め、これをすべて利益に援用した。

被告天野定次郎、同相良周吉の各訴訟代理人並びに被告菊地純一郎、同台清、同萩原貞、同溝口愛子、同溝口智則、同溝口智正(溝口智則、同智正については、法定代理人溝口愛子)は、乙第一ないし第四号証を提出し、被告後藤真寿の訴訟代理人は、右のうち乙第一ないし第三号証を利益に援用し、

被告小南芳三は、甲第四号証のうち、署名が自己のものであることを否認し、捺印が自己のものなることを認め、

被告原田有康は、甲第五号証のうちの署名捺印がともに自己のものであることを否認し、

被告天野定次郎訴訟代理人は、甲第三四号証の二の成立及び同第三九号証の一、二のうち郵便官署作成部分の成立を認め、甲第一号証ないし第三九号証の一、二のうち、右及び甲第一号証以外のもの(但し、甲第二九号証の一七を除く)の成立は不知と述べ、

被告谷上房四郎は、甲第六号証のうち、署名が自己のものであることを否認し、捺印が自己のものなることを認め、

被告台清は、甲第一、第三四号証の二の成立及び同第三九号証の一、二のうち郵便官署作成部分の成立を認め、甲第三九号証の一、二のその余の部分の成立は不知、甲第八号証の成立は認めない(但し、同被告名下の印影が同被告のものであることは認める)、甲第二号証ないし第三八号証のうち、右以外のもの(但し、甲第二九号証の一七を除く)の成立は不知と述べ、

被告相良周吉訴訟代理人は、甲第一、第一〇号証、第三四号証の二の成立及び同第三九号証の一、二のうち郵便官署作成部分の成立を認め、甲第二号証ないし第三九号証の一、二のうち右及び甲第二七号証以外のもの(但し、甲第二九号証の一七を除く)の成立は不知と述べ、

被告後藤真寿訴訟代理人は、甲第一五号証、第三四号証の二の成立及び同第三九号証の二の郵便官署作成部分の成立を認め、甲第一号証ないし第三九号証の一、二のうち右以外のもの(但し、甲第二九号証の一七を除く)の成立は不知と述べた。

理由

(一)  被告真野目吉治、同佐藤荒五郎、同望月梅四郎は、各適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず且つ答弁書その他の準備書面を提出しないので、原告主張の事実を自白したものとみなすべきところ、右事実によれば、右各被告は、原告会社に対し、その発起人たる地位に基き未払込株金八八七万円を支払う義務がある。

(二)  被告田中恵い子、同田中長久、同田中久光(いずれも訴外亡田中久太郎の訴訟承継人)等法定代理人中島シゲは、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、且つ答弁書その他の準備書面を提出しない(被承継人田中久太郎は、本件口頭弁論期日に出頭するも、弁論を為さずして退廷し且つ答弁書その他準備書面を提出しない)ので、原告主張の事実を自白したものとみなすべきところ、右事実によれば、右各被告は、原告会社に対し、亡田中久太郎が原告会社の発起人たる地位で負担した未払込株金八八七万円につき、その各相続分に該当する金員を支払う義務がある。

(三)  右(一)及び(二)以外の被告はすべて原告の請求について争うので、以下その当否について判断する。

(四)  原告会社が、いわゆる募集設立により、昭和二二年一二月二〇日創立総会を了し、同二三年一月一二日設立登記のなされた、資本の額金一、〇〇〇万円、一株の額面金五〇円、発行済の株式総数二〇万株の株式会社であることについては、被告菊池純一郎、小南芳三、原田有康、谷上房四郎、相良周吉、関光治、溝口愛子、同智則、同智正と原告との間に争なく、被告田中シユ、坂口敬子、萩原貞は明らかに争わないのでこれを自白したものとみなし、被告天野定次郎、台清、鈴木育仙、後藤真寿の関係においては、公文書であるので真正に成立したと認め得る甲第五三号証及び成立に争いのない乙第四号証によつてこれを認める。

(五)  そこで、先ず、右被告等のうち後藤真寿を除くその余の被告等に対する原告の請求の当否について考えてみる。

(1)  被告菊池純一郎、同小南芳三、同原田有康、同谷上房四郎、同相良周吉が原告会社の発起人であつたことは、右各被告と原告との間に争いなく、また、訴外亡田中久太郎が同じく発起人であつたことは、被告田中シユ、同坂口敬子と原告との間に争いなく、訴外亡溝口智雄が同様発起人であつたことも、被告溝口愛子、同智則、智正と原告との間に争いがない。被告天野定次郎、同台清、同鈴木育仙、同関光治、同萩原貞が各原告会社の発起人であつたことは、甲第一号証によつてこれを認めることができ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。(しかして、右甲第一号証の成立については、被告台に関しては、その真正なること当事者間に争いなく、他の四名の被告に関しては、いずれも公文書であるのでその成立を認め得る甲第四九号証ないし第五二号証中の各右被告等の印影と右甲第一号証中の右各被告名下の印影との対照によつてその捺印の成立の真正を認め得るので、右甲第一号証の成立の真正なることが認められる。)

(2)  次に、原告会社の設立に際して発行する株式の総数についてその引受のあつたことは、被告菊池、田中シユ、坂口、相良、溝口愛子、同智則、同智正と原告との間に争いなく、また、被告小南、原田、谷上は明らかに争わないのでこれを自白したものとみなし、被告天野、台、鈴木、関、萩原の関係においては、甲第一号証(その成立の真正と認むべきことについては前記のとおり)及び甲第二五号証(その成立の真正なることは、証人堀井武志の証言によつて認める)によつてこれを認めることができ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

(3) ところで、右引受のあつた総株式につき株金全額の払込があつたか否かをみるに、成立に争いのない乙第一号証ないし第四号証によれば、一応右株金全額の払込が適法にあつたかにみられるのである。しかも、これに対し、原告提出の全立証をもつてしても未だもつてその請求原因(四)の(2) ないし(4) で主張するような小切手の操作がなされたとの事実はこれを認めるに足らないのであるが、しかし、前記(四)及び(五)の(1) 、(2) の事実に、甲第二五号証、同第二八号証の一ないし六(但し、同号証の四及び六については後記措信しない部分を除く)、同第二九号証の一ないし一七、同第三〇及び三一号証の各一、二、同第三三号証の一ないし三、同第三五号証(以上の書証の成立の真正なることは、証人大熊三夫及び同堀井武志の各証言によつて認める)並びに証人堀井武志の証言を綜合すれば、かえつて次のような事実を認めることができる。

すなわち原告会社の設立に際して発行する株式についての株金払込取扱銀行は、日本興業銀行(以下「興銀」という)及び横浜興信銀行東京支店(以下「興信銀行」という)であつたところ、発起人総代である被告真野目吉治は、原告会社の成立(昭和二三年一月一二日)に先立つ昭和二二年一〇月二〇日頃より、原告会社の名のもとに右興信銀行と当座取引契約を結び、各株式引受人が払込金として払込取扱銀行に払い込むことなく、発起人等に引き渡した金員(法律上有効な払込といえないこと勿論である)を同行に預け入れ、これを資金として、諸費用の支払に充てるため小切手を振り出していた。

しかして、創立総会の前日たる昭和二二年一二月一九日現在、右興信銀行の当座尻は四三万八、六〇六円五銭となり、これと各株式引受人が払込取扱銀行たる興銀に直接払い込んだ払込金七六万二、五〇〇円を併せても僅か一二〇万円余にすぎず、金一、〇〇〇万円の払込にはなお八八〇万円ばかり不足していた。そこで、発起人たる右真野目吉治等は、同日、右真野目が理事長をしていた全国紙製品工業組合(以下「全紙工」という)から少なくとも金八八七万円の融資を得、これと前記興信銀行に対する四三万八、六〇六円五銭の預金及び興銀に対する七六万二、五〇〇円の預金等を資金として、同日興銀に対し一七八万二、五〇〇円、興信銀行に対し八二一万七、五〇〇円を各払込金として預け入れ、両銀行からそれぞれこれと同額の株式払込金保管証明書(乙第三、第二号証)の交付を受けたのであるが、翌二〇日には右各払込金全部の払出を受け、このうちから全紙工に対し金八八七万円を返済した。

このように認定することができ、甲第二八号証の四及び六のうち、右認定に反し、払込金の払出日が一二月一九日であるかの如き記載部分は、前記甲第三三号証の一ないし三、同第三五号証と対比してこれを措信せず、他に上記認定を左右するに足る証拠はない。

そこで右認定の事実に徴すれば、株金全額の払込は未だなかつたものと言わざるを得ない。何となれば、一応形式的には一二月一九日に株金全額の払込があつたのではあるけれどもその払込金は、会社成立(昭和二三年一月一二日)の二〇数日前である昭和二二年一二月二〇日に前記真野目吉治等によりすでに引き出され、しかも、そのうち金八八七万円は直ちに全紙工に返済されているのであるから、右金員は、単に払込の形式を整えるため前記銀行に預け入れられただけであつて、その実質は全紙工よりただ一日だけ資金を借り受けて預け入れ、翌日その払戻を受けて全紙工に返済したいわゆる見せ金というべきである。すなわち、右にいう払込金なるものは、当初より、会社成立後にその資金とするの意思なくして他よりの一時的借入金をもつて払い込まれ、その意図どおり直ちに引き出されて借入先に返済されているのであるから、この預金は、形式的に払込金と称しても、実質的には払込金でないといわなければならない。そこで、原告会社には、金八八七万円の未払込株金があるものというべきである。

右のような次第であるから、前記乙第一号証ないし第四号証をもつてしては未だもつて本件会社について払込が完了した事実を認めるに足りないものである。

(4)  ところで、被告相良周吉は、仮に原告会社に右の如き多額の未払込株金があるとせば、原告会社の設立は無効というべきであるから、原告会社の有効に成立・存続することを前提とする本訴請求は失当であると主張するが、仮に原告会社につき設立無効の判決があり、それが確定したとしても、右判決の効果は、既往にさかのぼらず、会社は、既往の関係においては有効に成立・存続したものとして取り扱われ、ただ将来に向い解散の場合に準じて清算の手続に入るにとどまると解すべきであるから、その場合において発起人の未払込株金の支払義務は依然として存続するものというべく、右被告の主張は理由なきものとしてこれを排斥する。

(5)  そこで、原告会社の発起人は連帯して原告会社に対し、前記未払込株金八八七万円を支払うの義務あるものといわなければならない。

しかして、発起人たる訴外田中久太郎が昭和二九年八月二四日死亡し、その妻被告田中シユ、その養女同坂口敬子が、右久太郎の非嫡出子田中恵い子、同田中長久、同田中久光とともにこれを相続したこと並びに同じく発起人たる訴外溝口智雄が昭和二三年七月一九日死亡し、その妻被告溝口愛子、その子被告溝口智則、同溝口智正の三名がこれを相続したことについては、右各被告と原告との間に争がないから、右被告等はいずれも、原告会社の発起人たる右被相続人の負担した未払込株金払込の義務を承継したものであり、しかして、被告田中シユの右相続分は三分の一、同坂口敬子の相続分は一五分の四、同溝口愛子、同智則及び智正の相続分は各三分の一であることは明らかであるから、右被告等は各その相続分だけ発起人たる右被相続人の義務を承継したものである。

よつて、上記被告等は、原告会社に対し、発起人たる各被告は未払株金八八七万円を、発起人の相続人たる各被告は右金八八七万円につき各相続分に該当する金員を支払う義務がある。

(六)  次に、被告後藤真寿の関係について判断する。

同被告が、原告会社の公募株一万株を引き受けたこと及び右株金五〇万円中三〇万円の払込があつたことは、当事者間に争いがない。

右の残額二〇万円の払込の有無については、成立に争いのない乙第一ないし第三号証によれば、その払込があつたことを認めるべきが如くであるけれども、そのしからざることは前記の如く且つ他に右払込のあつたことを認めるに足りる証拠はない。

そこで、同被告は原告会社に対し、その株式引受人たる地位に基き未払株金二〇万円を支払う義務がある。

(七)  以上の次第であるから、原告会社が、その発起人及び発起人の相続人である被告二一名(別紙目録1ないし21)に対し、主文第一項記載の如く、発起人たる被告一三名(同目録1・2及び8ないし18)については各自未払込株金八八七万円のうち金四二九万円、相続人たる被告八名(同目録3ないし7及び19ないし21)について各自右金四二九万円についての各相続分、並びに各これに対する創立総会終了の翌日である昭和二二年一二月二一日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求、ならびに、原告会社が、その株式引受人である被告後藤真寿に対し、主文第二項記載のとおり、その未払込株金二〇万円及びこれに対する払込期日の後であること明らかな昭和二二年一二月二一日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求をいずれも正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴八九条、九三条第一項但書、仮執行の宣言につき同一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野啓蔵 宍戸清七 小谷卓男)

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